bananaman live one-half rhapsody

8月5日バナナマンライブ2018「one-half  rhapsody」千秋楽鑑賞。

 

オールタイムベストのライブだった。

僕は本来お笑いを観る場合笑えるかそうじゃないかの二択でしか見れなかったのだが、バナナマンのコントを観る度にその考え方を改めさせられる。

 

僕がいつもバナナマンを褒めるときに困るのは、笑えるかどうかの二択だけではおさまらないせいだ。

なので簡単なレビューをこれから書くけど、僕の観ていて嬉しかった箇所は多分笑えるポイントとはズレてしまってると思う。

 

ーーーーーー以下ネタバレーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「GAME of which」

 

最後に一万円を要求するシーンで日村さんがゴリラのモノマネをして誤魔化すのが良かった。

 

僕はバナナマンのコントを見ていると、コントの中の設楽と日村という2人の親友が何で繋がっているのかを考えてしまうのだけど、居酒屋に行くとかゴルフに行くみたいな大人の楽しみ方をしているわけではなくて何処かのベンチに座ってスマホゲームで繋がっている距離感が良い。

そしてすぐに「お金をかける」なんて中学生みたいなことを言い出してはみるものの、実際にはお金を払わないでも許される対等の距離感。

 

「Bitching」

 

子供は好きだが夫婦間はうまくいかない夫と外部のアホな青年設楽。

コントではアホの役割が普段と逆になるバナナマンが良いです。

劇中で日村さんが話す家庭の愚痴はバナナ炎やバナナムーンで話していた設楽さんやオークラさんの実体験が元になっていた。

このコントによって人間関係に亀裂を生じさせるのはお金であり、その亀裂を修復するのはセックスであるという生々しい現実を夫婦間の外部である設楽のアホだが鋭い指摘とそれに伴う笑いによって証明させた。

 

ちなみにこのコントでは日村さんの赤ちゃんの名前が「君香ちゃん」だった。

いつか君香ちゃんがバナナマンライブを見に来る日を想像してニヤニヤした。

 

 

「大村なつお」

 

ベテラン歌手大村なつおは見えない誰か(マネージャーと思われる人)の行動に注意しているが、叱っているときに言い間違いをしてしまう。するとヒゲメガネ姿の男がどこからか舞台上に現れて大村なつおの言い間違いが恥ずかしいことを指摘する。

 

おそらくラジオのメールテーマで募集した「それ、カッコいいのか?」から派生したコント。

 

普通二人組のコントなら言い間違えて怒る人とそれを指摘できない部下の設定でネタを作るのが一番分かりやすいと思うのだけど、このコントは上述した通り設定が一筋縄ではいかない。

何故こんなに複雑で、そもそもヒゲメガネは何者なんだ?

大村なつおは実際は舞台上に存在しないマネージャーに向かって叱っているけど、そのマネージャーよりも、言い間違えた時だけ舞台上にフラフラと現れて去って行くヒゲメガネの方がむしろ幽霊的に思える。

実際舞台上には見えないが、物語上マネージャーの男はヒゲメガネが現れると眠ってしまっていて、ヒゲメガネの存在に気がつかず、大村なつお以外の人間はヒゲメガネとディスコミュニケーションになることからも、ヒゲメガネの男は本当に幽霊なんじゃないかと思った。

 

そして最後に大村なつおは芸能生活40周年記念ソング「田舎のYouTuber」の歌が間違ってないか確認するために遂に自らヒゲメガネの男を呼び出そうとするが、中々現れない。

やっと現れたと思ったら最初、ヒゲメガネは大村なつおに一切構わず舞台を横断する。

観念した大村なつおは無理矢理舞台袖にはけたヒゲメガネを連れ出し、歌を聴かせて評価を求めると、ヒゲメガネに「わかりません!」と跳ね返されてしまう。

しかし、ここでヒゲメガネは今後売れるかどうか確実ではない音楽の方向性についてイエスもノーも言わないが、コントで歌われる曲を聴けば「田舎のYouTuber」が明らかに迷走していることは誰もが承知なので、きっとこの曲は現時点では「間違い」であり、故に舞台上にヒゲメガネの男は一応現れることができたと見るのが妥当か。

となると、ヒゲメガネは今現在の「間違い」によって舞台上に現れて、未来の「正しいか間違ってるか」については判断ができないという見方ができる気がする。

生きる上で避けられない「間違える」行為は現時点では恥ずかしいことでも、未来から見つめ直すと笑い話にもなり得るという発想は1つ目のネタで設楽さんが口にしていた通りだし、今時点の「間違い」は未来の「正しい」に繋がる可能性を秘めている。

 

2つ目のコントが「お金」によって人間関係が壊れるものだとしたら、このコントは「間違い」によって人は存在できることを示した。

 

そのことは、見えないマネージャーは不手際な仕事という「間違い」によって大村なつおに叱りを受け、その叱りの言葉によって舞台上に存在できるし、ヒゲメガネの男は大村なつおの「言い間違い」や「方向性の間違い」によって舞台上に現れることができたことからも明らか。

2つ目のコントに立ち返ってみても、一度は夫婦の喧嘩によって崩壊しかけた関係も奥さんの妊娠という唐突な「出来ちゃった」的なある意味「間違い」とも捉えられる出来事によって夫婦間は改善されるし、新たに子供が存在した。

 

この「間違い」が人を生むという行為の証明のためにもこのコントはマネージャーと歌手の関係性ではなく、歌手とヒゲメガネの関係を生む必要があったのかもしれない。

 

「cocky TODA」

 

今回唯一のサラリーマンコント。

題名にもなってる戸田という生意気な部下は一切このコントに登場しない。

ゴドーを待ちながら」かと思った。

そしてこのコントで今回のライブが「不在」で一貫していることに確信を持った。

(1つ目のコントの不在は「転校を繰り返して同じ学校にいられなかった男」2つ目のコントの不在は「奥さんから逃げて家にいない男」、3つ目のコントの不在は「マネージャー」)

 

ちなみに今回のライブで一番設楽さんのSっ気が発揮されていたのも見所だけど、そこで用いられる小道具がそのシーン限りではなくて後々生かされることからもバナナマンの他愛もない世間話の延長線上みたいな会話劇が計算されてることが分かって惚れ惚れしました。

 

バナナマンライブの定番コント「赤えんぴつ」が今回無かったのも影響しているのか、設楽統がかなり飛ばしてくれているし、かつての「killing time」のワンシーンがまた観れてテンション上がりました。

 

「snitching at the PIANO」

 

 

ここへ来て突然の短編。ネタの入り方は完全にバナナマンの初期の「DANCE&STOP」だった。

この馬鹿馬鹿しいルールのスポーツ(今回はピアノ)コント見たのは久しぶりだったけど未だに古くささは無いし、新鮮味すらあるのは凄い。

 

ちなみにこのコントでも、ピアノを弾きながら審判にバレないようにお菓子を盗み食いするという行為が「見られないこと」=審判の視線の先の「不在」と繋がる。

 

「one-half  rhapsody」

 

ライブタイトルと同タイトルのコント。

そして日村さんの一人三役。

 

舞台中央に置かれた台を軸に右側の現在と左側の過去(中学時代)に舞台は分割される。

舞台を矢印で示すとしたら

→の方向で過去から今そして未来に向かっている。

 

役者として上京したものの、うだつの上がらない生活をしている設楽が田舎から遊びに来たヒムッキョに見栄を張るためにバイト先のオーナーの家を自宅と嘘ついて招き入れる。

 

懐かしい世間話の流れから中学時代にいたヒロイン「サクラちゃん」に送られた名前を書き忘れたラブレターの話題になる。

 

このコントでキーとなるこの名前のないラブレターが個人的な思い出と重なりすぎてズシンと来たのだが、恥ずかしいので省略します。

 

このコントは「嘘が現実にならない」という超現実的すぎる切なさをバナナマン持ち前の超ご都合主義によって前向きな結末に変えてくれた。

 

ラブレターを本当は送ってないヒムッキョは周りにおだてられてサクラちゃんに本気で片思いをするけど、両思いにはなれない。

嘘をついて居座ったバイト先のオーナーの家はあっさりとヒムッキョにバレてしまう。

 

例外として、嘘つきの同級生バレタが設楽に言った「サクラちゃんはお前と花火大会に行きたがってる」という話は正確には嘘ではあるが、サクラちゃんは本当は設楽が好きだという事実があったので実現できた。

 

徹底してバナナマンは100%のハッピーエンドを用意してくれない。

しかしここからが一気に加速する。

学生時代の花火大会以降ずっと付き合っていた設楽とサクラちゃんだが、一度愛想をつかして設楽から離れる。

その後しっかりとフラれるために電話をしたはずの設楽と再びよりを戻して結婚を決めるという超ドタバタな展開とご都合主義によって元の関係に落ち着くどころか一歩先の関係性に繋がって、ヒムッキョも納得して祝福してフィナーレ。

 

この超ご都合主義的なラストは「嘘は現実にならない」という悲しい事実を告発すると共に、別の形で「こうなってほしい」という誰もが納得できる理想の未来へと繋げてくれた。

フィクションはあくまでもフィクションだからこそ、ある部分は現実的じゃなくても理想を求めるべき。

 

そして設楽とサクラちゃんが結ばれることは設楽が舞台において→の方向=未来の方向へとハケた瞬間から定まっていた。

幸せなフィナーレをありがとう。

 

言うまでもないがラストのコントにおける

「金によって壊れた人間関係」は設楽とサクラちゃんだし、「間違いによって生まれる人」とは嘘つきの同級生バレタやラブレター事件でサクラちゃんに片思いしたヒムッキョ。

「不在」とはコントで名前が出るものの実際に舞台上には現れないサクラちゃん。

流石このライブのラストなだけあってこれまでのコントで見せてきたものが全て集約されている。

 

バナナマンのコントは笑いの枠の中と外を行き来しながら確かな幸福をもたらす。

 

今年も笑顔でサラバができました。

ありがとうございます。 

 

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